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2026年7月21日

宮古市災害資料伝承館

昨年7月、郷里の岩手に帰省した折、オープンしたばかりの宮古市災害資料伝承館を見学した。海辺に迫った高台を背にして建てられた伝承館の近くには、昭和8(1933)年の三陸地震津波が発生した当時の田老村村長で、被災直後から防潮堤の建設に奔走し、昭和12(1937)年、志半ばで急逝した関口松太郎翁の大きな胸像が置かれていた。

伝承館の展示室のメインは、「万里の長城」と呼ばれた田老防潮堤をはじめとする大津波に関する歴史資料。青森、岩手、宮城にまたがる三陸海岸は太平洋に面したリアス式海岸のため、大昔から何度も大津波に襲われたが、田老地区も例外ではなく、大きな被害を受けた地域の一つ。明治29(1896)年の大津波による死者・行方不明者は1859人、294戸が流出。昭和8年の大津波では死者・行方不明者が911人、559戸中500戸が流出するという壊滅的な被害を受けた。

伝承館のパネルによれば、昭和8年当時の関口村長のもとで打ち出された「田老村災害復旧工事計画」は、津波後に県や国が推進した高所移転ではなく、巨大防潮堤の建造が計画の中心に据えられ、護岸や防潮林の整備、避難道路や宅地の区画整備などを含めた総合的なまちづくりが示された。

国や県の支援も得て、総延長2.4㎞、高さ10.65mの防潮堤が完成したのは昭和54(1979)年。しかし、その防潮堤も平成23(2011)年の東日本大震災津波で無残に決壊した。宮古市全体の犠牲者は517人、田老地域は宮古市でも最多の181人。1467棟のうち979棟が被災した。巨大防潮堤も万全ではなかったのだ。

その後、田老地区では高台移転と防潮堤の事業が同時に進められた。およそビルの5階に相当する高さ14.7mの防潮堤が完成したのは、10年後の2021年。2つの大工事を同時にすることに大きな反対意見はなかったようだ。 伝承館のパネルの一枚に、「繰り返される自然災害の歴史を忘れることなく、防災・減災のためのハード対策に安心することなく、積み重ねた英知の伝承と実践を続ける」と記載されていた。自然災害は、いつ、どこで発生するか分からない。私もその言葉をしっかりと心に留めておきたい。

弁護士 中村 周而

著者:

さまざまな問題を依頼者の皆様と一緒に考え、解決をめざします。 最近は、社会の高齢化が進む中で、高齢者をめぐる貧困、医療、介護、家族との関係などさまざまな問題が深刻さを増しています。私もそうですが、団塊の世代を含めた高齢者が、もっと声を大にして問題の深刻さを訴える必要がありそうです。

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