新潟合同法律事務所(新潟県弁護士会所属)

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2010年7月26日|著者:

ノーモア・ミナマタ新潟訴訟第5回弁論

 昭電の対応の変化  5月20日に開かれた前回の弁論で、原告から、「被害者の生の声をたくさん聞いてほしい」「信頼関係を実感できない」という厳しい注文や批判を受けた昭和電工だったが、この弁論を契機に対応に変化が生じた。  5月26日には村田常務が新潟に来県し、阿賀野患者会の会員と面談して被害者の苦しみ... 続きを読む

2010年6月30日|著者:

ノーモア・ミナマタ新潟訴訟第4回弁論

 第5陣提訴で原告は113名に  2月4日に開かれた第3回弁論から5月20日の第4回弁論までの3ヶ月余りの間、水俣病問題について大きな動きがあった。第1は、熊本地裁に係属中のノーモア・ミナマタ国賠訴訟で、3月29日に裁判上の和解に向けての基本合意が成立したこと。第2は、水俣病特別措置法について、4月... 続きを読む

2010年6月28日|著者:

中国人強制連行強制労働事件について

 “中国人強制連行強制労働事件”と聞いても、何の事件?と思われる方が圧倒的に多いと思います。  日本が中国と戦争をしていた頃ですから、今から60年くらい前、もうその頃のことをじかに知っている人は少ない。でもその頃、日本の政府は、敵国である中国から約4万人もの男性を強制的にあるいは騙して日本に連行し、... 続きを読む

2010年6月3日|著者:

働く者のいのちが大切にされる社会へ ~大橋公務災害で知事が遺族に謝罪~ 

2004年に長時間労働を原因に自死した新潟県職員大橋和彦さん(当時34歳)は、2009年2月9日、地公災新潟県支部審査会の裁決を受け、公務災害と認定されました。その後、遺族、弁護団、組合は、本件の全面解決に向け、知事の謝罪を求めてきました。 大橋さんの命は残念ながら戻ることがありません。せめて、大... 続きを読む

2010年2月18日|著者:

ノーモア・ミナマタ新潟訴訟第3回弁論

第3陣提訴で原告は74名に  この間、熊本地裁に係属中のノーモア・ミナマタ国賠訴訟は、1月22日に裁判所からの和解勧告を受けて和解協議に入った。これが契機となって、1月30日に開かれた阿賀野患者会の原告全員団結集会では、和解協議に向けて環境省との間で事前協議を持つことを決めた。その前後から提訴希望者... 続きを読む

2010年2月16日|著者:

正当な退職届の撤回を無視し、気に入らない職員の排除をねらった使用者を断罪! 

 菊地さんは、佐渡の地域福祉に貢献しようと長年努力していた老人福祉施設の職員です。ある日、意見をはっきり言う菊地さんを良く思わずにいた上司と感情的な対立が生じ、そのいきおいで退職届を提出してしまいました。  しかし職場の労働組合員の説得を受け冷静さを取り戻した菊地さんは、数日後退職届を撤回しました。... 続きを読む

2010年2月3日|著者:

帝京長岡高校事件 不当労働行為と認めて救済命令

(2010年正月号ほなみ掲載)  あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。  昨年11月10日、新潟県労働委員会は、帝京長岡高校を経営する帝京蒼紫学園に対し、組合活動を理由とする不利益扱いや組合運営に対する介入、救済申立をしたことによる報復があったとして、救済命令を出しまし... 続きを読む

2009年12月9日|著者:

ノーモア・ミナマタ新潟訴訟第2回弁論ひらかれる

 無用な争いをやめ、謝罪を  ノーモア・ミナマタ新潟訴訟の第2回口頭弁論は、12月3日、午前11時30分から開かれた。これに先立ち、多数の支援者の激励を受けながら阿賀野患者会の16名の会員が第2陣として提訴し、新たに原告団に加わった。第1陣と合わせると原告数は43名となり、追加提訴の勢いもあって法廷... 続きを読む

2009年10月5日|著者:

ノーモア・ミナマタ新潟訴訟 第1回弁論が開かれる

 9月10日、木曜日、午後2時半。原告や支援者、報道陣などで埋めつくされた新潟地方裁判所1号法廷で、「ノーモア・ミナマタ新潟全被害者救済訴訟」(ノーモア・ミナマタ新潟訴訟)の第1回口頭弁論が開かれた。  冒頭、草野真人裁判長の指示を受け、すでに原告が提出した訴状と被告昭和電工と国が提出した答弁書の陳... 続きを読む

2009年6月18日|著者:

新潟水俣病の現在

 (2009年5月15日発行ほなみ掲載)  阿賀野川下流域に水俣病が発生していることが最初に公表されたのは、1965(昭和40)年6月12日。熊本県水俣市で水俣病が発見されてから9年後のことで、第2の水俣病とも呼ばれました。それから44年が経過した現在、今なお新潟県内には、水俣病と認定されない約30... 続きを読む

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